メキシコシティ国際空港から徒歩わずか15分の街中に、天然温泉が湧いています。
メキシコ市民にすら忘れ去られようとしているその温泉は、スペインが破壊し尽くしたメキシコシティの前身、アステカ帝国・首都テノチティトランの時代から湧き続ける「聖なる湯」なのです。
空港から温泉へ、徒歩15分
私はスペイン語ができませんが、温泉に関する単語だけは分かります。
Googleマップを眺めていて気になったのが、メキシコシティ国際空港に隣接するPeñón de los Baños(岩風呂)という街区です。
少し足を延ばしてみましょう。
空港第1ターミナルから地下鉄5号線Terminal Aérea駅へ向かう歩道。
地下鉄の駅を通り過ぎて、Puerto Aéreo通りを歩道橋で横切ります。
排ガスと騒々しさで、早くも心が折れそう……
世界各国共通の傾向として、空港周辺は治安に問題があることが多いのです。
航空機の騒音のため地価が安く抑えられ、所得の低い層が集住しがち。
隣駅のOceania周辺はとくに治安が悪いという情報もあり、日没後に出歩くのは厳禁です。
路地に入ると、坂道になっています。
後々、この坂に重要な意味があることが分かります。
薄汚れたアパートの一画に、Baños Medicinales del Peñón(岩の薬効風呂)と書かれています。
地名だけでなく、実際に銭湯があるようです。
アステカの隠し湯
営業時間は朝6時~夜8時(9時退館)のロングラン、定休日無し。
料金は一人1時間215ペソ(約1,200円)。
入ろうかやめようか迷っていると、こんな掲示を見つけました。
これは……メキシコ国立自治大学が発行した温泉分析書です。
天然温泉だという確信に至ったので、入湯することにしました。
アパートの中庭を通り抜けると、外界の喧騒が嘘のような静寂に包まれています。
この狭い空間に、崩壊の始まっている18世紀の礼拝堂がすっぽりと収まっています。
内部の祭壇ではグアダルーペの聖母を祀っています。
なぜこんなところに?温泉とどんな関係が?
アパートの一階、がらんとした廊下の椅子に腰かけ、貸切風呂に湯が張られるのを待ちます。
その間に施設について調べてみると、驚きの事実が分かりました。
アステカ文明が繁栄した14世紀、現在メキシコシティのある場所は、南北65kmの巨大な湖(テスココ湖)でした。
帝国の首都テノチティトランは、西岸近くに築かれた水上都市であったことは一般的に知られています。
1521年、スペインのコンキスタドール、コルテスによってテノチティトランは徹底的に破壊され、一方でテスココ湖は現在に至るまで埋め立てが進み、ソチミルコ周辺に一部が残るのみとなっています。
そして私が空港から登ってきた坂こそ、当地がテスココ湖に浮かぶ離れ小島であったことの名残だというのです。
岩がちな小島には当時から温泉が自噴し、アステカ皇帝モクテスマ2世をはじめ、スペイン征服後は皇帝マクシミリアンなど皇族が保養のために通う「聖なる湯」であり続けました。
そんな歴史が、無秩序な市街地拡大に伴って市民のほとんどに忘れ去られても、温泉が枯れることはありませんでした。
メキシコの玄関口より徒歩15分、たった215ペソの日帰り入浴で、アステカの隠し湯を堪能できるというわけです。
さて、独房のように殺風景な小部屋に案内されました。
マッサージ(別料金)用のベッドが二つ押し込まれ、左奥にトイレがあります。
右奥に大理石張りの浴槽があり、黄色みを帯びた源泉が貯められています。
湧出点の温度は46℃ですが、引湯される間に約42℃まで自然冷却されています。
貯め湯の状態では少しぬるいですが、幸い自由に新湯を継ぎ足しできます。
排水口が浴槽底の栓しかないので、あふれないように加減しながら掛け流します。
色彩は特徴的ですが、浴感はさらっとして癖がありません。
係員からは15~20分で湯から上がるよう言いつけられましたが、スペイン語が分からないふりをして55分まで粘ったところ、完全に湯疲れしました。
アステカの薬効成分は本物です。
メキシコシティの地中にはアステカ文明の歴史が沢山埋まっているのに、スペイン征服時代の「歴史的」建造物が覆い被さるように建設されたため、掘り返すことは事実上不可能。
一方、地中から湧き出る温泉は、この場所の歴史をリアルに語り続けています。
まとめ
Baños Medicinales del Peñón, Mexico City, Mexico
私の好み
種類:日帰り
ルール:貸切風呂
塩素消毒:感知せず
泉温:~46℃