アメリカには8軒もの公衆浴場が乱立していた温泉街があります。
もっとも、そのうちの二軒だけが現役。
栄華を極めたアメリカの温泉文化と、その衰退を象徴するホットスプリングスを旅します。
ホットスプリングス国立公園
アメリカで温泉といえばアーカンソー州のホットスプリングスがもっともよく知られています。
第42代大統領ビル・クリントンが少年期を過ごしたこの街は、州きっての観光・保養都市です。
今回は、全米初の国立公園であるホットスプリングス国立公園のバスハウス・ロウを徐々に北上し、最後に温泉ホテルを紹介します。
8軒の現存している公衆浴場の建物のうち、南端に位置するのがLamar (ラマ―)です。
1923年~1985年に営業していたこちらの施設は、現在ではギフトショップとして活用されています。
鮮やかな青いシェードを配した新古典主義建築の浴場は、現役施設のバックスタッフ (Buckstaff)。
1912年の開業以来、伝統的な入浴方法を堅持しています。
小さなバスタブで入浴後、スウェーデン式マッサージなど決められた順序でサービスを受けるスタイルです。
次に現れるのがオザーク (Ozark)。
1922年~1977年に営業していたこちらの浴場は、現在ではアートギャラリーとして活用されています。
クアポー・バス
スペイン植民地復興建築のクアポー (Quapaw)は、1922年開業の現役施設。
水着着用のうえ屋内の大浴場で入浴するスタイルです。
湯は無色透明で、もっとも熱い浴槽でも39℃程度のぬるめ。
温度調節のため加水されていて温泉らしさはあまり感じられませんでしたが、塩素消毒のにおいはさほど気になりませんでした。
1914年~1962年に営業していたフォーダイス (Fordyce)は、温泉街でもっとも高級な浴場でした。
そのゴージャスなたたずまいはアメリカの温泉・黄金時代を物語っています。
現在では国立公園のビジターセンターとして内部が公開されています(入場無料)。
たとえば、この物々しいバルブは、温泉入浴が医療行為として確固たる地位を確立していた時代の遺物です。
様々な温度に調整された温泉が様々な角度で浴びせられ、そんな様子を患者が眺めているうちに、うっかり治ってしまった病気もあったのでしょう。
体の不自由な客は、天井に設けれたレールからつり下がる板に乗って館内を移動したといいます。
今日でも近未来的に映る機構の数々は、医療の発達とともに無用の長物となりました。
隣の浴場モーリス (Maurice)は1912年~1974年に営業していました。
現在は閉鎖されています。
もっとも古い浴場、ヘイル (Hale)は1892年~1978年に営業していました。
現在は閉鎖されていますが、他と異なり素朴な湯治場の雰囲気が感じられます。
実際、他の浴場の建てられた20世紀前半は違法ギャンブルが横行し、ギャングがはびこり市政の腐敗した時代でもありました。
異なる時代に建てられた浴場は、その時どきの空気感を現代に伝えています。
北端に位置するスーペリア (Superior)は1916年~1983年に営業していた浴場です。
現在では、温泉水で醸造したビールを提供するレストランとして人気を博しています。
浴場群の裏山では源泉が自噴しています。
湧出点の泉温は62℃。
この地域は火山帯ではなく、周辺に他の温泉地は存在しません。
地中2,400mまで染み込んで地熱で温められた雨水が断層に沿って地表に湧出する、地質学的に珍しい温泉なのです。
街角の飲泉所はにぎわいを見せています。
数ある温泉地の中でホットスプリングスがとりわけ盛況を呈したのは、東海岸からのアクセスが優れているだけではなく、その泉質も理由の一つと思われます
生きた博物館
スペイン風ルネサンス建築の優美な姿を見せる建造物は、1875年創業、その後火災により1924年に再建された温泉ホテルです。
暗黒街の帝王アル・カポネの定宿であったのみならず、第32代大統領フランクリン・ルーズベルト、第33代大統領ハリー・トルーマン他、数々の要人が宿泊しています。
それだけの歴史があるにもかかわらず、大してリノベーションを受けた形跡が見当たりません。
これまで見てきた浴場群とさして変わらない文化財級の建物が、現役でフル稼働しているのは驚きというほかありません。
浴場は3階にあり、バックスタッフと同様に順序だてたサービスを受ける様式。
温泉は屋外にも引湯されています。
ホテルを裏手から見下ろすジャグジー付きのプールは塩素消毒のにおいが強く、これならクアポーの湯の方がましでしょう。
温泉ファンなら追加料金を払ってでもおさえたいのが、温泉付きの部屋です。
予約時にMINERAL WATERと書かれた客室を選択することで、スパと同じ3階の部屋をあてがわれます。
古めかしくも美しい客室の様子。
一方、浴室は手狭で平凡に見え、トイレの横に浅めの浴槽が設置されています。
蛇口をひねると、ものすごい勢いで熱湯が注がれ、そのままでは入浴できないほどの高温でした。
しばらく自然冷却して入浴することにしました。
特徴的な泉質ではないだけに、湯の鮮度の高さが際立ちます。
栄華を極めたアメリカの温泉文化とその衰退を目の当たりにした一日の最後に、それでもなお湧き続ける温泉に浸かりました。
まとめ
Arlington Resort Hotel & Spa, Hot Springs, Arkansas, U.S.
私の好み
種類:宿泊、日帰り(スパ)
ルール:温泉付き客室、水着着用、貸切風呂
塩素消毒:あり(屋外プール)、なし(その他)
泉温:~62℃